長距離バスの中≪九月二十九日≫ ―燦―午後一時。 嫌な思いを胸に、大型バスは空席をつくったまま、快調にメシェッドへ向けて走り出した。 石ころだらけの半砂漠から、だんだんと緑が多く見られるようになり、泥の家に混じって、近代的なビル群も目立って増えてきたように思う。 石油の恩恵だろうか。 石油の精製所らしきパイプも見えてきた。 その近くで、貧しい人達の住む所だろうか、白いテントがいくつも並んでいる。 バスの窓ガラスを透して、暖かい太陽の陽ざしが眠りを誘う。 柔らかいシートに、ゆったりと腰を沈め、窓にはカーテンまで備えられていて、強い陽射しをシャットしてくれる。 同じ中近東の国なのに、石油が人々の暮らしに格差をつくってしまっている。 生まれてくる所が、少し違っただけで、人は人生を運命づけられるとしたら、神は何という仕打ちをするのだろうか。 神は言うだろう。 「貧しく、清く、生きている者こそ、本当の神の子である。」と。 暫く走ったところで、下層階級の人達が、黒い布を被ったままバスに乗り込んできた。 小さな町にバスが到着する度に、乗客たちが増えてきて、ついにバスの中は満杯状態になる。 そして、例の視線がバスの中を支配してくる。 みんなの視線が、俺に向かう。 十五時、メシェッドの街に到着。 久しぶりに、街らしい街だ。 街に降り立った時は、この街で一日や二日滞在しようと思っていた。 この街には、銭湯もあり、他の旅行者達からも「なかなか良いところだぜ!」と聞かされていたからだ。 そんな気持ちが・・・・・一瞬で変わる。 バスを降りて、賑やかな街の中を歩き出した。 人々の服装も、日本人とあまり変わらないみたいだ。 いや・・・・かえって、俺の服装よりもイランの人達の方がいけているようだ。 露店で売っているコーラも良く冷えてて美味しい。 「ここは、メシェッドの街のどのへんなのかなー!」 地図を持たない俺には、さっぱりわからない。 旅の聖書と言われている「アジアを歩く」の本も持っていないのだから。 同じバスに乗ってきた、毛唐の後をついて歩き出した。 ところが、あっちこっち歩いているうちに、見失ってしまう。 たぶんどこかの店へでも入って、なんか食っているのだろう・・・。 見失った所から、ちょうどバスオフィスが見えた。 近寄ってみると、テヘランと言う文字が飛び込んで来た。 俺「明日の切符でも買っておこうか!」 と、時刻表を覗き込んでいると、カウンターの向こうから声が飛んできた。 窓口「16時発のテヘラン行きのチケットがまだあるよ!」 俺 「どうしようかな????今日はどこかへ泊まりたいしな。」 そう思っている目の前に、先ほど見失った毛唐たちがやってきて、テヘラン行きのチケットを買い出したではないか。 俺「タフな野郎たちだな!」 そう思った瞬間、俺は叫んでいた。 俺 「テヘラ!一枚!」 窓口「400リアル(1600円)だ。バスはあそこに停まっているから。」 指差す方向を見ると、オフィスの横に大きなバスが横付けされているのが見えた。 座席は指定席で、一番後ろの席だった。 後部座席は背もたれが倒れず、真っ直ぐ立っているので少し窮屈なのだ。 俺「チェッ!リクライニングのほうが良いのになー!今からだと、このバスで一夜を過ごしそうだな・・・。」 少しの果物と少しのビスケットを買い込んで、バスに乗り込む。 後部座席は、三人の毛唐と俺の四人。 すぐ前の席には、家族連れだろう。 やかましくって仕方ない。 こうして、メシェッドの街を見ることもなく、満席のバスは15分ほど遅れて、テヘランへ向け走り始めた。 俺「明日は・・・・テヘランか!!という思いと、メシェッドに少し居たかったなー!」 複雑な思いが交錯した。 それでも、だんだん目的地に近づく事に・・・ニヤニヤしながら、シートにもたれかかった。 外はもう、いつの間にか夕闇に包まれていた。 * パンクもしそうもない大きなバスに、心地よく揺られながら、これまでの旅を思い返し”とうとう、ここまで来たか!”と言う大きな感動が胸を込み上げて来た。 ここまで来れば・・・・そう思う気持ちが、幸せな気分にさせてくれたのだ。 思い返せば、「ヒッチハイクで、世界を駆け巡ろう!」だなんて、嘘にせよ良くも考えたもんである。 東京に居る時は、本当にそう思っていたのだから。 ”知らぬが仏!”とはよく言ったもんである。 こういう世界を知らなかったから、ここまで来れたのだろう。 情報を知っていたら、ここまで来る気になっていたかどうか。 誰にも頼ることなく、たった一人で、知らない世界へ飛び込んでいく。 自分一人だけしか頼るものもない世界に、自分の身を置いてみて初めて、どう生きようかと本気で考えるもんだなーと。 日本では、一言も喋れなかった英語もどうだ!! 通じているではないか! もちろん英語が上手な人から見れば、英語と言える代物ではないのかも知れない・・・がしかし、生活に困らない程度に通じているではないか。 俺は、未知の国に・・・それも、中近東を一人で旅してきた。 何も怖いものはない。 風土病は怖いが、注意していれば”なせばなる!”ではないか。 * バスは二度ほど、食事などで休憩を取りながら快調に走っている。 夜の外は寒い。 冬物の服を持って来ていないので、頼れるのは”シュラフ”だけ。 現地の人達は、なかなか用意がよく、バスの中で食事をしたり、リンゴをかじったりジュースを飲んだり・・・遠足気分のようだ。 いくら良いバスでも、同じ姿勢では疲れるものである。 まして一番後ろは狭く、おまけにリクライニングでないのだ。 四人でゆったりと座っていると、助手がやってきて難癖をつけてきた。 助手「このシートは君達だけのシートではないのだから、空けときなさい!」 立ち席まで出始めた時、助手は少しでも多くの人達に座ってもらおうとしていたのだ。 我々四人は一斉に拒否。 毛唐「この席は、400リアルで買った我々のシートだ!」 暫くしてまた、助手がやってきた。 助手「後ろに荷物を載せるなよ!」 それでも知らん顔していると、助手が自分で荷物をどけにやってきた。 それを見た毛唐が怒った。 毛唐「Why!!!!」 助手「ここは、俺が眠る場所だ!」 毛唐「ここは荷物置き場じゃあないか!」 暫く睨み合いが続き、毛唐が仕方なく荷物を膝の上に置く。 助手がそれを見て前へ行く。 それを見た毛唐、膝の上の荷物を荷物置き場へ。 振り返った助手がそれを見てまた、やってくる。 やってくると、荷物を膝の上に置く。 何度も繰り返していると、とうとう助手はあきらめたらしい。 暫くすると、一人の毛唐がバスの通路にシュラフを敷きこみ横になろうとする。 それを見た助手がまた怒り出す。 助手「辞めなさい!」 助手が前へ行くとまた、横になる。 来ると立ち上がる。 いたちごっこだ。 毛唐「文句を言われれば、辞めれば良い!」 この精神で、毛唐は助手をおちょくり回る。 ついに・・・助手は諦めてしまった。 それを見た現地の人達も、毛唐に習って通路に寝始めたではないか。 そんなやり取りも、疲れとともに時間とともに落ち着いてきたようだ。 何しろ、長距離の旅だ。 乗客達は、疲れない方法を考え出す。 それで良いではないか。 俺も疲れてきた。 おやすみなさい。 ジャンル別一覧
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